第3回日本医療情報学会シンポジウム特別講演
「日本の医療改革と医療情報学」

国立大阪病院 井上通敏


第3回日本医療情報学会シンポジウム特別講演
日時:1999/6/11,12
場所:大阪大学コンベンションセンター



要約 : 少子高齢化社会の到来に備えるためにも、医学の進歩に遅れずに対応し続けるためにも医療の効率化を目指す改革を行わねばならない。医療の効率とは、医療の質/コストのことであるから、コストだけではなく医療の質を適正に評価し、これを改善することが重要である。医療の質を評価するには精度の保証されたデータが必要であり、このデータのもっとも基本となるのがDiagnosis Related Group(DRG) である。十分に検証されたDRGを共通軸にして、バラツキ、アウトカム、コスト、保険支払い方式などが比較評価されねばならない。以上の一連の作業は、医療情報学の重要なテーマの一つだと考える。


1、根拠に基づいた医療改革を
 少子高齢化社会の到来に備えるためにも、医学の進歩に遅れずに対応し続けるためにも医療の改革は必要である。現在、わが国では、医療の効率化を目指して、1)供給体制の見直し、2)医療の質の改善、3)情報技術の医療への応用、4)コスト削減や支払い方式の変更、といった改革が総合的に進められつつある。医療の効率とは「医療の質/コスト」のことであるから、分子である医療の質の改革と分母であるコストの改革を総合的に行わねば効率化という目標が達成されない。コスト削減ばかりに力を注ぎ、そのために医療の質が低下したのでは改革の意味がなくなる。ところが医療の質を適正に評価することやその価値を金額に換算することは非常に難しいことである。医療の質の改革については、これまで国民や患者から投げられる苦情や要望を重視し、これに対応した修正や改善を講じることによって質の向上が図られてきた。この図式は今後も大切ではあるが、日常生活のサービスと違って、医療は医学に根拠を置いた専門性の高いサービスであるので、知識や情報の非対称下におかれている患者からの評価だけでは十分でない。医療を提供する側の専門的な知識・情報・データに基づく評価を重視する必要がある。ところが、わが国では基礎的な医学研究こそようやく世界一流の情報を提供しつつあるが、臨床医学研究や医療に関する情報ではデータ量が乏しいだけでなく、データの精度や信頼性においても欧米諸国に劣っている。このことがわが国の医療の質をデータに基づき専門的観点から客観的に評価することを非常に困難なものとしている。いまさら、こうなった理由・経緯・背景を議論してもあまり意味がない。結論は「今後、この状況を改める役割は医療情報学が担うべきである」ということである。

2、医療の質の評価
 医療の質を客観的に評価するためにはどのようなデータが必要であろうか。一般に医療の評価は、1)構造、2)プロセス、3)結果、の3つの要素を総合して行うのが適切と考えられている。構造的評価とは、施設、設備、人材、組織といったことであるから比較的データを得やすい。プロセスの評価とは、人権の尊重、接遇・説明、病歴記載、EBM、パス法など医療の姿勢を問うことで大切な評価であるが、数字で表しにくく、主観も入りかちである。結果(outcome)の評価とは、がんの5年生存率、QOLの改善といった医療の成果であり、一番わかりやすいが、もっともデータを得ることが難しい。しかも結果の良否は絶対的なものでなく相対的なものであるから、たとえ一つの病院がデータを出しても他に比べるデータがなければ評価できない。
 これまでわが国では、医療の質を評価する権威ある機関が存在しなかったが、厚生省と日本医師会が協力して、(財)日本医療機能評価機構という第三者機構が設立され、平成9年から病院の評価を開始した。すでに200以上の病院に認定証が発行されている。しかし、この評価の方法は、構造とプロセスの評価に限られていて、outcomeについてはまったく評価の対象にされていない。日本にはoutcomeのデータを出せる病院がほとんど存在しないのだから仕方のないことである。

3、OUTCOME評価のためには
 先に指摘したように医療の評価は相対的なものであるから、同じ条件で比較しなければならない。外国の医療と日本の医療を単純に比較できないのもこのためであるし、規模や機能や立地条件の異なるA病院とB病院と比較してどちらが優れているかを評価することも困難である。
 それでは比較の可能なレベルは何かというと、これがDRGレベルということになる。
 たとえば、「同じ病態の2人の患者がA病院とB病院で治療を受け、どちらも健康を回復したが、A病院では30日の入院で100万円、B病院では20日の入院で75万円を要した」「同じ病態(DRG)の100人の患者をA病院では平均30日、標準偏差25日で治療したが、B病院の場合は平均20日、標準偏差12日であった」といったデータはoutcome評価の対象となろう。5年生存率やQOLの改善といったoutcomeについてもDRGごとに評価するのが適切であろう。保険支払い方式の見直しがDRGレベルで検討されていることもDRGが医療評価の基本単位という考えに基づいている。

4、日本の病院はDRG区分ができるか?
 医療評価の基本単位をDRGに置くことで合意ができれば、1)標準的なDRGを作成して、2)このDRGに基づく診療記録のファイリングを全医療機関が統一的に行うこと、が次ぎのシナリオである。短期間にこのシナリオ通りに進めば、日本の医療改革が根拠に基づいて推進され、21世紀の社会に対応できる医療システムを構築できると期待できる。
 しかし、現状の病院が保有するデータから根拠のある「標準的なDRG案」を作成することも、提案されたDRGを評価することも非常に困難だと考えざるをえない。なぜなら、もっとも基本である病名やそのコードすら標準化されておらず、さらにDRG区分のために必要な「病期・重症度」「治療法」「手術術式」「病理組織診断」「合併症」といった重要な従属情報をファイリングしている病院も非常に少ない、というのが日本の病院の実情だからである。
 国立の基幹病院である大阪病院ですら退院時記録の病名から在院日数や診療点数の分布を拾い出すのが精一杯で、重症度や治療種別で細区分することは難しい。その病名やコードも標準化されていないので、医師が全面的に再チェックしてからでないと集計できない有様である。
 まず、1)標準病名コード集を作成して全医療機関が使用すること、2)DRG区分に必要な従属情報、在院日数や医療費など全疾患共通のMinimum Data Set を定めてファイルすることを医療機関に義務付ける、ことから始めてはいかがであろうか。

5、DRG/PPSの前に
 平成10年から国立の8病院と社会保険2病院で日本版DRG/PPSの試行が開始された。DRGが医療評価の基本単位だとみなせばDRGを対象にコストや病院への支払い額を算定することは不合理なことではない。しかし、その前にDRG区分について根拠のある検証が行われていなければならない。この検証があいまいであるとDRG/PPSの妥当性についての疑義が生じ、その導入が危うくなる。
 DRGの検証で行うべきことの一つは、バラツキである。仮に定めたDRGについて在院日数や医療費の分布を出して、このバラツキが、病態の相違によるのか、担当医師や病院の診療方針や能力の違いによるのか、あるいは経営上とか諸々の社会的事情によるのか、といったことを検証した上で、バラツキの許容限度を設定してDRGを決め、その後にPPSなど支払い方式を検討することが本筋であろう。

6、データの出る病院へ
 なぜ日本の病院はデータが出ないのであろうか。医学教育の偏重や保険診療の弊害といった言い訳も聞かれるが、データの出せる病院にするのは医療情報部門の役割と受け止めて欲しい。
 病院情報システムが多くの病院に導入されて久しいが、導入後に、「医療の質が改善した」「臨床研究が推進された」「治験の実施が効率化された」「追跡調査が可能となった」「医療費を削減できた」といった報告をほとんど聞かない。ということは病院情報システムがこのような目的のために導入されたのではないことを物語っている。もし目的意識を明確に持って導入されていたら、現在のシステムとは異なったものになっていたと思う。次の世代では、電子カルテとネットワーク環境に技術的関心が寄せられているが、何を目的とする電子カルテであるかの具体的な目標を置かないと単に情報を電子化しただけにとどまるであろう。電子化しておけばどんな目的にも応用できるというものではない。

7、おわりに
 医療情報学会前会長の開原は「医療情報学とは、診療・医学研究・医学教育・医療行政等、医学のすべての分野で扱われるデータ・情報・知識をその医学領域の目的に最も効果的に利用する方法を研究する科学」と定義している。私もこの定義に同感であったが、いまはもう一歩踏み込んで「…の目的に利用する科学」とし、医療情報学者自身が医学・医療領域の目標を描くべきではないかと考えている。


(以上とほぼ同様の内容を第25回日本医学会総会シンポジウムおよび第74回日本医科器械学会大会シンポジウムで講演した)


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