Topics

遺跡調査のお知らせ

大阪医療センターは、現在の病院建物の北側に建て替えを計画しています。
当院の敷地は、過去の調査で飛鳥時代の建物と塀の跡が見つかり難波宮の一部であったと考えられています。そのため建て替えに先立ち、遺跡調査を行って参りました。その結果、病院敷地内に後期難波宮の遺跡が発見されました。後期難波宮は、奈良時代に聖武天皇により造営された宮殿と考えられています。当時は平城京と後期難波宮の二都並立の時代でした。首都の平城京に対し、後期難波宮は副都の役割を担っていたのではないかと考えられています。大阪市の発表では、「今回の発掘調査では、後期難波宮の朝堂院西方で、官衙(かんが)(役所)とみられる建物群と重要な施設を囲む区画施設の一部が見つかりました。 後期難波宮の実務的な官衙(役所)は確実な発見例がなく、初めての発見です。区画施設は「五間門(ごけんもん)区画」と呼ばれている一画の南面の塀で、平安宮の豊楽院に当る位置にあり、重要な政務や儀式の場であったと考えられます。こうした発見によって後期難波宮の宮殿の構造の一端が明らかになりました。(大阪市ホームページより)」としています。
大阪医療センターは、この貴重な遺跡を損なわないように新病院を建設いたします。この調査や建て替え準備のために駐車場が狭小となり、皆様にたいへんご迷惑をおかけしております。新病院の完成後には十分な駐車場を確保しますが、しばらく御不自由をおかけしますことをお許しください。

平成29年1月 大阪医療センター 広報委員会