診療記録(カルテ)


1患者1カルテと中央管理


 それなら大学病院では密室的医療が行われる心配がないかといえば、そうとは言い切れない。1つの問題はカルテの管理である。旧阪大病院では21の診療科がそれぞれの様式のカルテを用意し、それぞれの診療科で独自に管理していた。従って、複数診療科を受診した患者は、その数だけカルテが作られ、別々の場所に置かれていた。内科の医師は、患者が眼科や精神科を受診していても内科以外のカルテを見ることは容易ではなかった。もちろん医師の間で紹介状や報告書のやりとりがあるから、他科の情報がまったくないわけではない。それでも、重複した検査を行って患者さんに指摘されることがある。検査の場合ならまだよいが、処方が重複した場合は大変である。
 阪大病院の移転計画が具体化した昭和63年に、文部省の当時の医学教育課長だった佐藤国雄さん(現東大事務局長)と懇談した。この人は、医学会総会の時に「医師が背もたれのある立派な椅子に座っていて、患者を小さな丸椅子に座らせるとは何事か。」と発言して話題を投げかけた人で、ご記憶の方もおられると思う。ちょうど私と同年輩だったこともあってウマがあった。課長曰く、「自分のからだの情報があっちに一部こっちに一部とバラバラに記載され、管理されているのは不愉快である。1つのファイルにすべてを書いて欲しい。新しい阪大病院では、是非、このことを実行して欲しい。」と。「それはよくわかる話だ。患者の立場から考えれば当然のことですねえ。ところが医師は自分達の研究の立場から考えがちで、医師はカルテに書かれた情報を自分のもの、あるいはその講座のものと考えているようだ。学会で発表するための重要なデータなので、他の医師、他の診療科には易々と見せたがらない。これが科別のカルテ管理の一因だと思う。新しい阪大病院では、是非、1患者1ファイルにして、中央管理にしましょう。しかし、阪大病院のような大きな病院でこれを実施するには莫大な経費とスペースが必要だが、文部省は支援してくれますか?」「応援いたしましょう。是非、旧帝大の阪大で実施して下さい。そうすれば他の大学病院も見習うでしょう。」こういういきさつで課長と約束してしまったのだが、内心は阪大病院の各診療科が賛成してくれるかどうか、とても心配であった。ところが、冒頭に紹介したように、ほとんど議論なくこの方針は病院運営委員会をすんなり通ったのであった。
 1つのカルテにすべての診療科が時系列で病歴を記載する。これによって、「他科の診療内容がわかるので検査や処方の重複は起こらない」「患者の病像を全体的に捉えることができる」「医師にとっては専門外のことも勉強できる」などといったメリットがある。
 ところが、この方式を具体的に実行に移すことは簡単なことではなかった。1つは、膨大な数のカルテを中央管理するための物理的問題であった。この問題は、文部省の支援を得て何とか解決することができた。中央病歴室は新阪大病院の自慢の1つなので、後ほど項を改めて紹介したい。
 もう1つの問題は、これまで各診療科が伝統的に使ってきた独自のカルテの様式を統一することであった。現在の医療は専門分化が進んでいるから、臓器や疾患に応じて、使いやすいカルテをそれぞれが作っている。神経内科のカルテは、神経学的診察所見を記入するために詳しい図入りのカルテを使っている。眼科、耳鼻咽喉科、泌尿器科といったところでは、それぞれの臓器の所見を記述しやすいように解剖図が印刷されている。これをすべて同じ様式に統1することには抵抗がある。自分達の専門分野だけのことを考えれば不都合になるのだから簡単に妥協はできない。各診療科の代表からなるワーキンググループが作られ、当時は講師だった松沢教授(第2内科)や奥山教授(泌尿器科)が中心になって検討に検討を重ね、1年半を要してやっと統1カルテが決定された。苦労したが、出来上がったものはそれほど自慢できるものではない。妥協を重ねて、どの診療科にも不満の残った統1カルテであった。不満は残ったが、不平は聞かれなかった。既に全員が統1カルテでやって行こうと決意していたからである。統一カルテの原案ができた頃に、先のワーキンググループを格上げして「病歴管理委員会」という正式の組織に改め、私が委員長に就任した。この委員会で原案通り承認した後、病院運営委員会では、新しいカルテに馴れるために、新病院の開院に先立って平成3年1月から使用を開始することに決定した。ただし、中央管理はまだできないので、保管は従来通り各診療科で行うことにし、新病院開設後に合冊して中央管理に移行することになった。


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Michitoshi INOUE / President, Osaka National Hospital
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