訪問研修について
はじめてお話があったときはいかがでしたか?

僕自身もHIVに対する偏見は、今もあると思うし、当初はもっとありました。やっぱり怖いというイメージがあったし、性的な嫌悪感というのも強かったと思います。でも、嫌なものは嫌だという思いは変わらないと・・・。今は彼(入居者)がHIVだから嫌、という意識はないですが、偏見はもっているだろうなと・・・。

施設の社長さんとしての方針は?

うちはもともと高齢者だけやっていこうという考えはなく、障害のある人とのミックスなんです。困っている人、困っている家族がいれば受け入れるというスタンスです。
  新聞などを見ていると、HIV感染者の数が増えている中で、それを受け入れてくれる専門の施設がある、こういう病気になってもあなたたちは首をくくらなくてもよいというサインは出していたいと思うのです。一方で、僕たちがやっていること、つまり陽性の人を受け入れること自体が、今の社会ではまだ常識ではない、非常識であるということです。HIVについてわからないがゆえにいろいろな偏見があったり、怖いという感覚を、僕も持っていないといけないと思っています。つまり、こういう感覚を僕が持っていることで、HIVへの偏見を持っている人を理解していたいなと考えています。もし逆に、HIV感染者にも人権があるじゃないかと僕が突っ走ってしまうと、矢面に立たされた人はつらくなってしまうと思うんです。だからそこにはすごく気をつけています。

地域の人たちへどう理解していただくかということに繋がりますね。

オープンにするとたたかれる場合があるので、ひざ突き合わせて逃げないで、どれだけ関れるかという覚悟があるか無いかだと思います。言い方は悪いですが、HIVという病気がわかっていてもいいじゃないか。ここにこういう病気の人がいるということがわかっていればね。たとえば、地域からあそこの施設は朝方から騒いでいるという苦情が出たら、マンションに紙を張らせてもらって、ここにはこういう人たちが入っていますという説明をして、なんなら一度来てくださいと、僕はこういう風にやります。やることはやっているし、公にできなかったのは偏見もあったからなんだと。僕のやれることはそれだけですね。十年そこで生活して、はじめて住民として迎え入れてもよいというお墨付きをもらうということです。

どの時点で地域にオープンにするかを探る 職員に対してはどうでしたか。

最初の段階では拒否するというスタッフは比較的少なかったのです。ここの職員はほとんど新人で、一、二度の学習会ぐらいしかしていませんが、別に何も言わないですね。
僕のやり方はまず、一対一で口説く、膝突き合わせて、信用しろよ!っていう姿勢です。かつて施設を変えるためにまず師長さんを変えないといけないと思って、一年かけて、師長さんに仕事が終わってから十五分、「俺の話を聞いてくれ」と続けたことがありました。施設の仕事の面白さは、生活を共有するということだと思います。だから結論的に言えば、続けてくれる職員がよい職員なのではないでしょうか。居続けるというのが大事ですね。
  でも組織が大きくなると難しいことが増えると思います。それから感染者の人を受け入れて、お金はぜんぜん入ってこないみたいな感じに思われるんですけれど、結構お金は入ってくるんですよ。

今回の体験を通じて、なにか提言はありますか?

今、どの時点で地域にオープンにするかということを探っているんです。理解してもらうためには、一度一緒に生活してみませんかというのはどうでしょうか?ケアの専門家の管理の下で、一緒に生活してみる。多分、いろいろな感覚が弱くなっていると思うので、その感覚を刺激するためには一緒に生活するのはよいと思う。肌でわかるということです。

 

体験談C 社会福祉法人 知的障害者施設の場合
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