訪問研修について
はじめて入居者のかたのHIV感染がわかったときは、どう思われましたか。

突然、見たことのない薬を自宅から預けられて、職員が薬剤の名前を調べてみたら、エイズの治療薬(※1)でした。どうしたらよいか悩みました。血友病とトューレット症候群のため、つばをかけたり噛み付いたりという行動があり、知的障害のため歯磨き等の介助も日常的でした。爪のささくれから血を出し、シーツなどに血がついていることもよく見られました。とっさに、「なぜ教えてくれなかったのだろうか」と思い、ひどいことをするなー、と考えました。

それでどのようにしようと思われたのでしょうか。

はじめは、「退所してもらうしかないな」と考えました。しかし、本人の担当者だった職員が「なんとかならないか」と言い始めました。こうした気持ちは、時系列による変化ではなく、行きつ戻りつ交差している感情と理解してください。ちょっとパニックになりかけましたけれど、よく考えてみたらこの病気のことを施設はまだ認識していない。「この人がエイズであるのかも正式には知らない」ということに気がつきました。
  そこでこのかたの主治医にお手紙を書きました。「この薬を持参する必要がある病気について、生活の援助をする施設として知る必要がありますか」という内容に、主治医から「お話したいことがあるので病院に来ていただけますか」というご返事をいただきました。そのかたの母親も同席して、ていねいに誠実に説明していただきました。「自分たちだけがやらなければならないのか」という思いだったのが、「いろんな人と一緒に考えることができる」という気持ちに変わったときでした。主治医だけでなく、県の担当課や救急病院等に一緒に考えてくれる連携を広げていきました。

施設で受け入れを続けることに決めたわけですね。

この段階ではまだ、施設の職員に話していません。ごく一部の運営にかかわる職員の合意でした。まず、血液感染の対策を徹底しました。いわゆるスタンダードプリコーションな対応を施設全体で実施しました。つぎに医師に来ていただいてHIVの学習をしました。県からは、情報が施設から出て騒ぎになったときのリスクについては、施設を全面的に支援する、ということを確認していました。県が具体的にどんなことを考えていたのか知りませんが、強くそうすると言っていただけたことはずいぶん安心できることでした。

2年間の関係性を前提にその人を守る方向で職員が一致 職員のかたがたはどのような反応でしたか。

学習会は、HIVの知識を学ぶだけの学習会でした。職員には「変だな」「なんでこんな学習会を」と感じた人もいたでしょうね。学習会から数日後に臨時の職員会議を開き、情報を公開しました。そのかたはかなり血を出す人だったので、職員の間で不安があったと思いますが、騒ぎ立てる人もなく、具体的な対処の方法や、その人の病状がこれからどう進むのか、死んでしまうのか、どうしたらよく生きられるのか、というような話になりました。すでに二年も一緒に暮らしてきた人だったので、今後も守っていくことを当然と思ってくれたようです。
  同時に、施設では、検査(※2)を受けたい人は職務免除で行ってもらい、ほとんどの職員が検査に行きました。結果は聞いていません。

知的な障害を持つ人の意思を支えることで苦労されたことは?

彼がベストな選択をできるように、と考えました。そのために、職員が意思決定を援助するためにはどうすればいいか。知識も必要だろうし、同時に、だれか一人で抱え込んでしまわない、ということですね。

医療面で苦労されたことは?

本当に病気になったときのリスクですね。病気になってからは大変でした。診てくれる病院がないんで、それは大変でした。近くに拠点になる病院があって、そこがちゃんと診てくれれば・・・。お医者さん同士なんだから、ちゃんと連絡取ってくださいって思いました。

ほかの入居者の保護者には気づいていた人もいたが・・・ 他の保護者らの対応に困られたことはありますか。

他の入居者の保護者には情報を伝えていません。伝える必要のないことだと理解しています。これは、この問題にだけ言えることではありませんが、施設は本当に困難な人を切り捨てない、問題を解決していくときにみんなが成長できる場である、ということを大切にしてきましたから、もしこのことで大きな問題になっても、このことで本人を不利にしない、「守りきる」ということを確認していました。保護者のなかにはうすうす知れていたのかもしれませんが、だれも何も言いませんでした。これは、たまたまでなく、私たちの約十五年の歴史への信頼があったからだと思っています。

今回の経験を通じて提言したいことは?

いま、またHIVに感染した人の入居の相談を受けています。「同じ理由」、つまりそちらでは受け入れてもらえないという理由で、定員がいっぱいのウチの施設に相談に来ています。この病気への偏見がまだ払拭されていないのは現実ですが、福祉施設には応諾義務があります。合理的でない理由で断ることができないと決まっています。だから、行政側も、ウチの施設へ持ち込むまえに、受け入れられないと断わった施設の人の気持ちに訴えかけ、変えていく方向に力をそそぐべきです。懸命に説得する熱意や姿勢が無理解を乗り越える力になります。
  もうひとつは、スタンダードプリコーションが、ともすればむずかしすぎて、施設での対応が困難ではないかと職員を逆に不安にさせていることです。HIVのことを考えているのに、いつの間にか血液全般のリスク、「見えない敵」への対応になっていたりするため、問題が複雑になっています。

(※1)エイズの治療薬:体内でのHIV(いわゆるエイズウイルス)の増殖を押さえる薬。ウイルスを押さえこめば、免疫力の低下は避けられ、健康と変わらない状態を維持できる。
(※2)HIVに感染しているかは、血液検査でしかわからない。保健所や病院などで検査を受けることができる。

体験談D 介護保険対応の療養型病院の場合
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