独立行政法人 国立病院機構 大阪医療センター
HIV/AIDS先端医療開発センター

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研修会報告

アルゼンティン国際会議出席報告

国立病院 大阪医療センター
免疫感染症科部長 白阪琢磨

1.なぜ、アルゼンティンに?

 今回、私は2003年10月5日から2003年10月12日までアルゼンティン国際会議の教育講演のため出席してきましたので報告します。

 私ども一行は、麻薬分野の専門家として関東信越厚生局麻薬取締部 今野里見国際情報課長、九州厚生局麻薬取締部 沖 郁二情報官の二名と、エイズ分野の専門家として国立社会保障・人口問題研究所人口動向研究部 小松隆一主任研究官と私の二名の計4名で、片道34時間(成田-New York-San Paulo-Buenos Airesと2回の乗り換え)の1泊2日の空路でアルゼンティンの首都Buenos Airesに行って参りました。

 皆様の素朴な二つの疑問にお答えする事で、この報告を始めたいと思います。

 まず、なぜ、私が?この疑問は現地に赴くまでわかりませんでした。選挙で大統領が代わるという政変のためか、アルゼンティンの連邦警察が麻薬とエイズ対策のために国家として「麻薬取引とエイズ・麻薬防止の現状についての国際会議」を開催する事を決め、日本からもスピーカーを招きたいとの要請がアルゼンティン警察からアルゼンティン日本大使館にあり、外務省、JICAを通じて厚生労働省に依頼がなされ調整の結果、上記のメンバーが選ばれたというのが私の理解です。

 次に、では、なぜ文字どおり極東の日本を招いたのでしょうか?アルゼンティンはスペイン、イタリア系などのヨーロッパ系移民が97%を占める国です。豊かな国にありがちな話ですが国民は決して勤勉ではありません。アルゼンティンの例え話に、「神様は地球に4種類の人間を住わせた。1が豊かな国に怠け者のアルゼンティン人で、2が・・・で、3が・・・で、4が狭く資源の乏しい国に優秀な日本人を置いた」というものがあるそうです。初めはとっさのジョークかと思ったのですが、その後も何回か聞きましたので、アルゼンティン人には常識の一つの様でした。電気製品も多くがMada in JAPANでした。この親日的感情は、どうも明治時代に遡る様です。私の発表の後で多くの質問がありましたが、その中に、「このまえの戦争で(?)アルゼンティンの戦艦が(??)云々で、日本は頑張った(???)って知っているか?」というものでした。誤解の無い様に申しますが、誇り高きスペイン語の国であり英語は若い方以外、まず通じません。その彼等が懸命に英語で話してくれたのですが、理解不能でした。通訳の方の話で、実は、これが日露戦争の話らしいとわかりました。真偽の程は、まだ調べていませんが、日露戦争(あるいは日清戦争)の頃、日本は軍艦が急に必要となったが製造が間に合わず、探していたところ、アルゼンティンが二隻の新造船を日本に譲り(?)、大勝を収めたらしいとわかり、握手(?)。その後の話で、関東大震災のおりアルゼンティンは軍艦に小麦粉を満載して日本に送ったとか、第二次世界大戦の直後も同様の事をされたと伺いました。

 私ども一行はホテルと会場間の移動はアルゼンティン連邦警察のパトカーの警備付きでした。経済恐慌から治安が不良であったためと歓迎の意があったと思われます。

画像:会議の開会式:法務大臣、司法長官、UNAIDSらが出席
会議の開会式:法務大臣、司法長官、UNAIDSらが出席
画像:会議の発表風景
会議の発表風景

2.アルゼンティンで、なぜ、麻薬とエイズが問題となったのでしょうか?

 アルゼンティンを簡単にご紹介します。

 アルゼンティンは日本から見て地球のまさに反対側にある日本の約7.5倍の面積の国土に日本の約1/3の人口が住む共和制の国で母国語はスペイン語です。今回の会議の開催地であり首都でもあるBuenos Airesの反対側は日本の小田原だと言います。アルゼンティンは地震がなく、資源も豊富な国です。気候は日本と反対ですが温暖です。土地も肥えており農作物はよく育つと言いますし、人の数より多い牛があちらこちらの草原に放牧されており、すべて自前の牧草で養われているので、狂牛病の恐れは皆無といいます(かって牛蹄病があり日本へは輸入禁止との事でした)。戦前までは農牧業で世界でも5本の指に入る経済大国であったそうです。しかし、度重なる政変と失政から経済状況は悪化の一途をたどり、負債、労働争議、失業の状況となりました。近年、国内経済はさらに悪化し失業率が増え、職のない若者が増え、彼等の間で麻薬が広がり、HIVも蔓延し、対策を立てるために、今回の国際会議開催となったわけです。Buenos Airesはヨーロッパ風(スペイン?イタリア?)の古い町並みですが、さすがに地震の無い国で、都市部には大きな建物が並んでいました。しかし、これた対照的に、都市部の周辺には世界有数のスラム街が広がっていました。

画像:アルゼンティンの町並み 1 画像:アルゼンティンの町並み 2
アルゼンティンの町並み

3.麻薬取引とエイズ・麻薬防止の現状についての国際会議について

 会議ですが、実に立派な少し古い感じの会議場でしたが、プレゼンテーションのための液晶プロジェクタ-やマイクなどの器具・設備はハイテクで最新鋭でした。私の教育講演は「日本のHIV医療体制整備の歴史、現状と課題について」という演題で、事前にスペイン語に訳した小冊子を配布し、日本におけるHIV診療体制の構築の歴史にと、現在のHIV感染症患者の受診数調査結果あるいは患者数の感染経路別の動向に付いてスライドを用いて日本語で講演しスペイン語の逐語訳をして頂きました。内容は、厚生労働科学研究補助金者エイズ対策事業「HIV感染症の医療体制に関する研究班(平成12年度-平成14年度)」での研究報告に基づいたもので、日本のHIV医療体制の現状等を報告し、併せて将来の患者数増における課題につき述べました。講演後フロアーから日本の血液行政、日本の感染症専門医師、性行為感染症などについて質問があり、知る範囲で回答しました。日本独自の拠点病院体制に興味が示された一方で、国内にエイズを診療する感染症施設あるいは感染症専門医が少ない事への驚きが示されました。アルゼンチンでは黄熱病などの感染症蔓延の歴史があり、感染症科、感染症専門病院、感染症専門医師がこれまでに育った歴史と比較して、わが国では感染症の多くは結核であり医師も呼吸器専門医であったなどの歴史的背景の違いのためと理解できました。

画像:会議場前にて
会議場前にて

4.エイズ関連施設等見学して

 会議の合間にエイズ関連施設等の見学訪問を行いました。

 主な見学先はブエノスアイレス市の連邦警察病院(Dr.Vincente Jose Villella)、ムニチ病院(感染症専門病院、Dr.Jorge A. Benetucci)、UNAIDS(ブエノスアイレス支部、Dr.LaurentZesslerら)、国立エイズ研究センター(Centro Nacional De Referencia Para el SIDA、Dr. Horacio Salomonら)等を訪れアルゼンティンのエイズの感染状況や診療について説明を受け意見交換を行いました。

 アルゼンチンでも性行為感染(多くは異性間)による感染者数が増加しており危機感が有りました。訪問したムニチ病院は黄熱病の蔓延時に設立されたアルゼンティンで第一の感染症専門病院であり、現在、有名なエイズ専門病院です。感染症部長であるDr.Benetucciの話では、「2000人のHIV感染者、AIDS患者が通院しており、感染経路は性行為(主に異性間)。近年の国の経済状態は国民の半数が貧困層という状況にまでに悪化したのに伴い、若者での麻薬等の使用者は増加した。ただHIV感染の知識は行き届いているため、針共用での感染率は少ない」と言います。

 治療については「海外のGeneric drugsの輸入により適応者への無料にて投薬を実施している(他の情報で世界銀行と国が出資して購入しているという)。投薬者の国籍は問わない」。話から「患者でのアドヒアランスのチェック等の細かいフォロ-は実際上、困難」と推察された。Drによれば、例えばのべ4267人で薬剤耐性HIVがAZTでは56.2%、NVPでは64.8%、EFVでは58.4%、NFVでは56.7%の高きにのぼっていたといいます(in press)。

 母子感染については「検診で陽性と判明した妊婦からの陽性児の出産例は母子感染予防によって、まず皆無だが貧困層での飛び込み分娩例では母子感染例が跡を立たない状況」と言います。またAIDS患者の4割は結核合併という話も興味深かいものでした。実際に供覧できた症例は典型的有空洞性病変ではなく胸水型や浸潤型でした。UNAIDSでは感染予防の観点から、個別施策層ごとの対策を練り、各国へも協力を要請中とのことでした(ホームページ:www.onusida.org.ar )。Generic drugとは言え、抗HIV薬の購入費は国家財政を圧迫しており、世界銀行に大きく依存している状況から考えても、今後、新規の感染者を増やさない方策の立案実施の必要性と、服薬している者は完全な服薬が徹底できる体制作りが必要と考えました。飛び込み分娩での母子感染例は、事前の妊婦感染で防止できるので有効な妊婦検診の実施が望まれます。アルゼンティンでの抗体検査は多くが病院での診療の一環として行われており、保健所等での抗体検査体制の拡充整備が有用でしょう。

 麻薬に付いては二人の麻薬専門家と関連施設を訪れ有益な話を聴取できました(略)。

画像:訪問先にて 1 画像:訪問先にて 2
訪問先にて

5.さいごに

 アルゼンティンと言えば、地球の裏側、母を尋ねて三千里、アルゼンティンタンゴ程度の知識でありましたが、実際に行ってみて、アルゼンティンでのエイズや麻薬の状況を理解でき、エイズが蔓延した背景を知ることができました。これらの取り組みを知り、今後わが国での問題を考える上で大きな収穫になったと考えます。アルゼンティンは温暖で、親日的で、ビーフやワインがおいしく、連邦警察に招待して頂いたタンゴショーも見応えがありました。ブエノスアイレスの市街地は治安は悪くはありません。非常に遠い国ですが機会があれば旅行をお勧めしたい国です。今回の海外派遣でお世話になった方々、アルゼンティンでお世話になった方々、ご理解とご協力を頂いた病院の方々に深い感謝の意を表します。

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