研修会報告
第7回アジア・太平洋地域国際会議(ICAAP)参加報告
独立行政法人国立病院機構 大阪医療センター
HIV/AIDS先端医療開発センター
HIV/AIDSコーディネーター 織田 幸子
HIV/AIDS感染症は、1996年のプロテアーゼ阻害剤の開発により、HIV/AIDSイコール死ではなく慢性疾患として捉えられるようになった。しかし、この感染症が明らかにしたものは脆弱性の高い人の間での感染の広がりで、治療・感染予防は困難で、感染者は増え続けている。1981年、はじめての感染者の報告以来、HIV感染者は2004年末に全世界で4000万人と推定され、サハラ以南アフリカでは国家滅亡の危機にさらされている。一方、アジア・太平洋地域の流行は、1990年代初頭から薬物注射やセックスの売買を介して顕在化し、地域における活発な人の移動もあり、現在、推定820万人以上が感染しているとされる。中国における感染者は84万人とも報告され、2010年には1000万人に達すると予測されており、今後も急速な拡大が見込まれる地域である。結核の流行との相乗効果も懸念されている。今、対応を誤れば保健のみならず、地域社会・経済にも深刻な影響が避けられない段階にあると言われている。
  こうした状況の中に、アジア・太平洋地域の各国がそれまで蓄積してきた予防・ケア・治療における経験を大いに活かしあうことが重要とされ、ICAAPは学術的交流だけでなく、現場での予防やケアに関わる知識や経験の交流、地域間でのネットワークの構築をはかり、地域全体のHIV/AIDS問題に対処する力を高める場とし、活発な交流が期待されていた。
  2005年は国連エイズ特別総会(2001年)のコミットメント宣言に基づいて各国が成果を報告する年である。また、WHO/UNAIDSが主導している「3by5」(2005年までに300万人に抗HIV治療を提供する)実施の最終年という国際的にも節目の年であることから、時期的にも本会議は極めて意義が大きいものとなった。
  アジアの中の日本は感染者数の少ない国であるが、ここ数年HIV感染者の若年層の増加と、性感染によるHIV感染は加速化傾向にあるのに、1994年の横浜会議以降、社会的関心は低下している印象がある。本会議を通じてHIV/AIDSの社会的関心を再度高めることが重要である。又、日本に滞在する多くの外国人は弱い立場に置かれており、本会議を通じて、予防・ケア・治療における出身母国との連携を深める機会ともなり、本会議の意味は、今後の日本のHIV/AIDS対策全般の発展にとっても重要である。横浜以来10年ぶりの国際会議は神戸にて(SARSの影響で2年延期された)7月1日〜5日に開催されたが、あいにくの雨が開催期間の5日間続いた。私は前日から神戸に入り、1日午前と5日は救護班の準備と後片付け、1日から4日はPWHAのラウンジの担当、その合間をぬって、会議、フォーラムの司会、ポスターセッション等に出席しながら、各セッションに参加した。

 参加国は、インド、インドネシア、オーストラリア、カンボジア、韓国、シンガポール、タイ、中国、ニュージーランド、ネパール、パキスタン、バングラデシュ、フィリピン、米国、ベトナム、ミャンマー、モンゴル、ラオス等約70ケ国が参加。参加人数は国内から約800人、海外は約2000人。公用語は英語である。
 会議の開催の理念と目標であるが、理念は、近未来に迫るアジア・太平洋地域のHIV大流行に対してあらゆる分野の関係者が、その専門・立場を超えて一致協力し、アジア・太平洋地域諸国におけるHIV/AIDSをめぐる諸問題克服のためと必要な情報と経験の交流を図るとともに、同地域の未来を拓く連帯とネットワークの構築を促進することである。
 目標は6項目あげられ、
1)HIV/AIDSに関する自然科学の最新の到達点と展望を共有。
2)予防・ケアにおけるコミュニティ活動の最新の到達点と展望を共有。
3)科学とコミュニティの交流促進と連携を図る。
4)GIPAの精神の則り、より多くの感染者の社会参加を促進。
5)アジア・太平洋地域のエイズ問題に対する社会的・政治的関心と参加を喚起。
6)会議の成果を活かす具体的方策を探求するとし、開催の意義は地域的危機に
   対する連帯促進とわが国のリーダーシップの発揚である。

 会議の開会に合わせ、国連エイズ合同計画(UNAIDS)は、アジア・太平洋地域が異なる方向へ向かう二つの道のどちらを選ぶかの「岐路に立っている」と述べ、一つ目の道は、現在のHIVプログラムと対策をそのまま継続する道。この場合、HIV新規感染の数は、急速に増加することが予想される。もう一つの道は、HIV対策への資金的、政治的な投資を拡大する道である。UNAIDAによると、この道を選べば、「人的・経済的コストを最小限に抑え、感染症の影響拡大を抑える」ことができるはずであるとしている。アジア・太平洋地域でHIVとともに生きている人は820万人にのぼるとされ、流行の多くは、セックスワーカー、セックスワーカーの顧客、薬物注射使用者、若者、移動人口層など「HIVに対する社会的脆弱性の高いグループ」に集中していることから、対策をより大規模にしなければ(国レベルや地方レベルの対策)人々に浸透していくのは時間の問題とし、アジア太平洋地域事務局長で、タイのプサラダ・ラオさんは「サイレント ツナミ(静かな津波)」ひたひたと押し寄せ、ゆっくりと世界を荒廃させていく脅威をたとえている。
 アジア・太平洋地域におけるHIV/エイズ対策は「分岐点」に来ていることも強調、今なら、協調した行動を起こすことによって、この地域に押し寄せようとしているHIVの高波を防ぐことができるであろうといわれる。なぜ、HIVに対する対策は強化されないのかについて、UNAIDSの報告から、様々な障害や制約があることが指摘され、HIVに対する脆弱性の高い層(今、最も影響を受けている集団)が十分な予防サービスを受けていないと言う現状、例えば、効果が認められている予防手段は、薬物使用者のわずか5%にしか行き渡っていないことと、コンドーム使用率は低く「感染の可能性の高い性行動」の8%で、多くは自分のHIV感染を知らずに生活している。 
  2003年現在、アジア(南、東南)地域の妊婦のうち、8%しかHIV抗体検査を受けることが出来ていない。また、母子感染予防は比較的単純かつ確実であるにもかかわらず、十分に展開されていないのである。
  これらの問題への提言として、各国政府はHIVを優先順位の高い政治的課題とし戦略的手法として国レベルのプログラム、NGOを含む市民団体の参加を挙げている。日本におけるHIV感染は血液製剤を通しての広がりから、今は新規感染者の報告は80%以上が性交渉による感染である。その4分の3が男性同性間性交渉(MSM)あるいは若者間での広がりである。このような増え方は先進国では日本だけである。HIV感染に対する無理解、感染経路と性行動に対する批判的な対応が国内での効果的な予防を妨げている。一方、国際社会は日本に対し政治的・経済的貢献を期待しており今後の対応に注目されている。
 [3by5]キャンペーンにより、開発途上国における抗レトロウイルス薬(ARV)へのアクセスは大幅に増えている(40万から100万)が、HIV治療へのアクセスは増大するニーズに追いついていないので、2005年までに300万人の治療へのアクセスを保障するという目標「3by5」の達成は無理となった。であれば今は、ARV治療が受けられるようになるまでに彼らが死なないようHIV感染者が罹患しやすい結核、HIV関連の日和見感染症の予防と治療の提供を考えるべきとN・Mサミュエル博士は指摘した。
 感染予防という観点からは、ハームリダクションネットワーク(AHRN)執行委員は、コンドームや注射器・針交換のプログラムを作り、薬物の使用や針の共有が大きく減ったとしている。このプログラムは賛否両論あるがサンフランシスコの例では、HIV感染者が実際に減ったと報告されている。
 薬物とセックス「薬物使用と性リスク」、セックスでの薬物使用(ヘロイン注射、アンフェタミン)によるHIV感染率の上昇や、中毒患者の治療、注射器の交換プログラムや代替薬物治療などの実施は、セックスワーカーの16%にしか行き届いていないとのこと、薬物に関しての対応は困難を極めているのが現状という報告があった。
さらに現状の問題を詳細に把握し、アジア・太平洋地域が第2の感染爆発地域にならないため、それぞれの国が直面しているHIV感染症の問題に対して連携を取り、適切な対応プラグラムに基づく効果的な予防活動が重要な事と感染症に対する偏見・差別の排除、感染者の人権の尊重をコミュニティレベルから無くす努力によって、感染者を減少できると期待したい。
 当院(大阪医療センター)の累積患者数は764名で、右肩あがりの曲線の増え方である。会議に参加した患者の一人は、「オープニングセレモニーで厚生労働大臣から「麻薬を取り締まり、青少年の教育を充実させ、HIV感染者を減らそう」と言った言葉は聞かれても感染者の人権問題としての意識はあまり感じられず、HIVの問題は遠い世界の出来事のような顔のない数字に押し込められているようだ」と話していた。又、「HIVが恐ろしいのは「人が孤独に追いやられて行く事」、「家族や友人といった人のつながりに歪みを生じさせ」、家庭、コミュニティ、職場といった「生きて行く場」を奪っていき、つまり「社会的存在」としての人が抹殺されていく。感染者自身が自己の人格を肯定することすら難しくなる。「誇りを持って生きる」「希望を持って生きる」といった、人間が生きていく意味をつかむために大切なことを奪い、小さなウイルスは人間の体だけでなく、心も壊していくのだと思った」と話していた。

  最後に、HIV感染者の人権について、カラム・アジア地域ネットワークの地域代表のシャルーナ・ウベルギス氏は「人権を守ることで、個人と社会のエイズへの脆弱性が縮小し、エイズ感染に対して人に自信を与える環境が作られた」と語られ、それが、予防効果にも繋げる事を多くの人に理解してほしいと訴えた。
 私は、昨年のタイの国際学会へも参加、現地のPWHAの人々に接しながら、アジアのHIV/AIDSの現状の厳しさを実感、その中で実践している関係者の問題意識の高さと実行力に感銘を受けた。しかし、それぞれの国の事情により、治療へのアクセスや予防への関わりへ追いつけない現状があり、非常に残念に思う。出来る事への協力は今後も続けながら、日本の感染者の増加に対して、日本はそれぞれの行動で予防可能である。私は、感染者の人権を守りながら、病院の中で感染者を待つだけではなく、感染者が出ないよう院外で予防を訴えたいのである。

参考資料;7th ICAAP Newsより
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